AV新法に反対します

私は約20年間、性売買の現場にいました。皆さんにお知らせしたいのは、そこで起こっていたことは決して普通の労働とは言えないということです。嫌なことは断ることができる、安全に働くことができる、そんな人も中にはいるでしょう。しかし多くの実態とは、あまりにもかけ離れています。

ほとんどの客は、罪悪感などありません。そして、接客の態度、体の反応など、意に沿わないことがあれば不機嫌になります。時に暴言、暴力で脅します。楽しむことを当然の権利だと思っているからです。お金を払ったからです。

この世界ではお金を払えば、暴力を正当化できます。なぜそんなことが当たり前に行われてきたのでしょうか。なぜ、それが続いてきたのか。文化だからでしょうか。必要だからでしょうか。いいえ、皆が無関心だったからです。そこで起こっている女性への暴力に無関心だったからです。

性売買の現場を知らない方達に伝えたい。それは決して「サービス」などという言葉では言い表せないことを。起こっているのは暴力です。なかったことにしないでください。

安全に働けるようにすることが、暴力をなくす道だというフェミニストも多くいますが、現実を全くわかっていません。性売買の現場で起こっていることは、自由な性の可能性などではありません。そこにあるのは昔ながらの男性の欲望です。

買春男が何にお金を払っているのか、私は体で知っています。記憶は消えることはありません。私の心は死んでしまったような気もしています。今までたくさんの女性の涙、絶望した顔、諦めた顔を見てきました。なぜなかったことにしようとするのか。現実を直視してください。女性の命と尊厳にもっと目を向けてください。

性売買は人身取引です。男性の欲望を煽ることであまりにも巨大になったビジネスです。業界の人達が守りたいのは、そこにいる女性の人権ではありません。男性が罪悪感なく女の体を金で自由にする権利です。
当事者の安全や生活を人質にとり、業界や買春男性の買う権利を維持することはフェミニズムではありません。女性の権利を訴えることを当事者に対する差別と言い換え、被害を訴える当事者の声を消すことはシスターフッドではありません。
私は「かわいそうな被害者」ではありません。1人の人間です。そしてその尊厳をかけて、性売買は女性への人権侵害であり暴力であると訴えます。どうかなかったことにしないでください。

2022年5月22日AV新法反対デモに寄せて

【声明文】金銭取引による「性交」の合法化に反対します

2022年5月19日 性売買経験当事者ネットワーク灯火

私たち性売買経験当事者ネットワーク灯火(とうか)は、性売買が女性に対する暴力で性搾取であることを前提にし、性売買の実態を伝え、現状を変えるための当事者運動を行っています。私たちは、性売買の経験当事者として、「性交」を金銭取引の対象とするAV新法に反対します。

この法案では、「強制にならないよう“しっかり説明”して“契約”すること」と書かれていますが、裏返せばそれは「強制でなければ問題ない」ということになります。AV業者は、文字通りの「強制」にならないやり方を、よく理解し、実行しています。どうすれば女性が諦めるのか。どうすれば女性が一見「自発的」に性売買やAV撮影に踏み込むように導けるのかも熟知しています。業者と被害者は対等な存在ではなく、業者は自分たちに力があることもわかっています。そして、性被害を受けたと告発する女性に対して、社会が示す冷酷な反応も知っています。

AV出演がもたらす影響として、この法案でも「出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害が生ずるおそれがあり、また、現に生じている」と書かれています。ここまで被害の実態を国が認めているのに、それでもなお、そんな危険な行為を「契約のもとで合法」とすることに反対です。

私たちは、性売買の現場で身体的にも精神的にも痛みつけられ、殺されるかもしれない恐怖を味わいながら生き延びてきました。この法律で「性交」を合法化することは、これまで以上にAV出演女性を含む、性売買女性たちを危険な目に遭わせることになると考えます。

「自由意志に基づいている」と業者が主張するのは、女性たちが「自主的」に「自分の意志」で、AVに出たことにするのは簡単だからです。アイドルや役者や配信者になってみたいという女性の夢を利用して、AV撮影へと誘導する。「それくらいできないと売れない」「それくらいできて当たり前」と言われ、「仕方がない」と思って、契約に「同意」します。

性売買に行き着く女性たちの背景には、生活に困ったり、生きづらさを感じたりしたときに、頼れる場所が社会にないことがあります。自分の抱える困難をひとに相談できない、そもそも、その状況を困難や問題だと認識できずに苦しんでいる女性ほど「わたしはダメな人間なんだ」という思いが強く、その思いが誰かに頼ることをさらに難しくしています。

私たち被害者の多くは、業者に拉致されたわけでも、殴られたわけでもありません。ただお金がありませんでした。そのことを、誰かに相談していいとは思いませんでした。「自分でなんとかしなさい」と言われ続けて育ったので、仕方のないことだと思っていました。

そうして女性たちは「そうするしかない」と思い込まされ、「自分が選択したのだろう」と責任を押し付けられています。

AV新法は、一部の被害者の取消権を保障しつつも、声を上げられずにいる多くの被害者が声を上げにくくするものです。

法案には、契約や性交を「拒絶できる」とありますが、「そうするしかない」と思わされ、マインドコントロールされているなか、拒絶できる被害者がどれだけいるでしょうか。この法案は業者に都合よく、「危ないからよく考えて決めてね。先に言ったからね?説明したからね?」と使われることが目に見えています。

「性交」をビジネスとして認める国は、誰が生きやすい社会となるでしょうか。政治や法律は、誰のためにあるのでしょうか。「生殖機能の保護」を明記しなければならないほど危険な性的接触、性交を金銭取引可能なもの扱いすること自体が暴力です。

この法案ができたところで、業者にとっては痛くも痒くもないでしょう。もちろん一部の「取消権」を行使できる被害者は救われるかもしれません。しかし、それも「性交」をも含む、被害が起きた後になります。

この法案が通れば、日本で初めて金銭取引による性交を合法化する法律となり、AV出演被害だけでなく、あらゆる性売買の合法化への道を開き、女性たちをこれまで以上に性売買へ導き、自己責任を押し付ける社会づくりにつながると考え、反対します。

別に身体は売りたくなかった。

収入の不安定な本業の傍ガールズバーで働いていたが、生活は厳しかった。

『パパ活』という言葉がネットを歩き出した頃。『交際クラブ』に登録すれば食事デートでお金を稼げると聞いて、水商売の延長線上だろう、生活の足しになると思いネットのスカウトに話を聞きに行った。

スカウトの男は喫茶店の席で二言三言雑談を交わすと「ローンを組んで豊胸してから風俗やると稼げますよ」と突然言い出した。「クリニックも紹介します」その時の私は豊胸も風俗もまったく考えてもいなかった。驚いて私は「いや、風俗までは」と断った。スカウトは「交際クラブでも、大人の関係(性行為)アリじゃないと中々オファー来ないですよ」と私を一度突き放し、登録するだけなら、と電話を取り出すと、面接の予約を取り付け始めた。そのまま交際クラブの事務所に行くように指示され、向かった。プロフィールを書かされた。写真を撮られ、スリーサイズ、胸のカップ、交際タイプーー初めて会った男性とお金次第でどこまでできるかーーを記入した。私は食事デートのみを希望し、登録したが、実際にクラブからのオファーは来なかった。ネットの情報を探っていくと、ブランディングされた『パパ活』の実情は、飛び抜けて容姿が優れている女性でもなければ『大人の関係』を結ばないと稼げない、という事がわかった。

あのスカウトと会ったのはそれきりだったが、彼の言葉は遅効性の毒のようだった。“男好みの身体に改造しろ、お前に価値はない、もったいぶらずに身体を売れ”というメッセージが、少しずつ私自身を侵していくことになる。

生活は依然として厳しく、次に私は『メンズエステ』に飛び込んだ。別に身体は売りたくなかった。風俗ではないし、お客からの接触も禁止だ。面接に行くと強面の男が『アレ着て施術してもらうけどできる?』とベビードールを指差しながら言った。生活費のことを考えて、首を縦に振った。マッサージは一生懸命に勉強したが、客がメンズエステに求めるような『際どい』施術は苦手で、中々固定客を掴めなかった。

身体を触ろうと必死な客、突然マスターベーションを始める客、背中に跨って指圧している最中にクネクネしながら「どう? 気持ち良くなっちゃった?」と聞く客(気持ち悪い)を笑顔でいなす。最初はガールズバーよりも稼ぐ事ができたが、新人期間が過ぎると、客づきが悪くなりだした。

事務所で電話を取るスタッフの会話を聞いていると、私を薦めようとするスタッフが「胸は大きい方ではないですが、マッサージが上手で良い子ですよ」と言っては断られているのが耳に入った。スカウトの言葉を何度も思い出した。

もっと胸があれば、もっと性を売れば。

別に身体は売りたくなかった。

けれど、自分の身体を商品として考え始めていた。

その後、本業の資金繰りに失敗した時、真っ先に浮かんだのが『風俗』の2文字だった。私はもう、とうとう風俗に行くしか脱する術がないと考えた。

美容クリニックで100万以上のローンを組み、胸にシリコンを入れた。

元の身体では受からなかったであろう都内最高級の風俗エステの面接に行き、採用された。お客から触られることはない、ただ今までの行為を裸で、手で射精介助もするだけだと自分に言い聞かせた。

講習員の女性は「客に触らせる時は、あなただけ特別だよ、って言ってね。できるだけヘルス(粘膜接触)行為が出来た方が売れるから」と私に説明した。

後戻りはできなかった。

私は別に、身体を売りたくはなかった。